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「Into The Wild」「荒野へ」ジョン・クラカワー(Jon Krakauer)(Rev.2.20) [生きざま、死にざま]

1998739
Christopher・J・McCandless(1968-1992)

ジョン・クラカワーが書いた「荒野へ」(Into The Wild)という本。

エベレストでのアマチュア登山家十数名の大量遭難を扱った
「空へ」という著作で出会い、今回2冊目。冬のアラスカ荒野に分け入り4ヵ月後に餓死遺体となって発見され
たクリス・マッカンドレスという人物のルポタージュ。
作品のアウトラインは本の扉書きに任せます。
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1992年4月、ひとりの青年がアラスカ山脈の北麓、住むものの
ない荒野へ徒歩で分け入っていった。四ヵ月後、ヘラジカ狩りのハ
ンターたちが、うち捨てられたバスの車体の中で、寝袋にくるまり
餓死している彼の死体を発見する。
彼の名はクリス・マッカンドレス(Chris McCandless)、ヴァージニ
アの裕福な家庭に育ち、二年前にアトランタの大学を優秀な成績で
卒業した若者だった。
知性も分別も備えた、世間から見れば恵まれた境遇の青年が、
なぜこのような悲愴な最期を遂げたのか?
クリスは、所有していた車と持ち物を捨て、財布に残った紙幣を焼
き、旅立つと、労働とヒッチハイクを繰り返しながらアメリカを横
断、北上し、アラスカに入った。
著者のクラカワーは、大学卒業後のクリスの人生を追いかけ、その
時々にクリスと触れ合った人びとを捜し出してインタヴューし、彼
の心の軌跡を検証する。
登山家の著者にとって、クリスの精神は理解できないものではない。
また荒野に魅せられた人々というのは、昔からいて、さまざまな作
品や記録が残っている。
こうした精神史や自らの体験も踏まえ、共感と哀惜の念を込めて、
クリスの身に何が起こったのかを描き出す、出色のノンフィクショ
ン。
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クリス・マッカンドレスという人の人間性についてはよく分からな
い。
理解できない、好意的に解釈できないと言っているのではなく、彼
の小学生時代の教師が「とても意思が強固な子だ」と評した、一見
ヒッピーとしか見えないが熱心なクリスチャンで共和党支持者だっ
たとか、陸上をやっていた、大学卒業時に生活費のほとんどを寄付
してしまったなどの情報はあまり意味をなさないのではないかと思
うのだ。

荒野へ焦がれる思いを、ごまかさなかった。やめなかった事、
命の危険を顧みず自分探しの旅に出た事が人の心を惹くのでは
ないだろうか。

クリスにとって「自分探し」とは「死の淵を覗き込んでみること」
であり、逆説的には「あらゆる繋がり、人と人の繋がり、人と自然
の繋がり」を実感するところにあった。

生きている、生かされていることを理知的に理解することは容易い。
しかし、それは実感とはほど遠い。

生きている、生かされていることを理知的に理解することとプログ
ラミング言語の文法を理解することとどれほどの違いがあるという
のか。

クリスは「理知的な理解」では飽き足らなかったのだ。

往々にして自分自身のために死の危険を伴う行動は愚かで、
生きることこそ賢明だという常識がある。

しかし自分をごまかしては生きる事ほど、自分に対するむごい虐待
はない。

命よりも魂を重んじ、どちらかを捨てざる得ない時、命を捨てるリ
スクを承知し、命を落とした男。

ツナ缶2つ、コーンチップ1袋、米10ポンド(5kg足らず)とラ
イフルを抱えて地元民の制止に耳を貸さずクリスは荒野へ入った。

猟や野草を採りながら荒野での生活が続いた。

7月30日、突然体調を崩し、8月18日頃、彼は死ぬ。

最期に「幸せだった」と書き残して。

【死の原因】
クリス死後の調査で彼が狩猟で得たヘラジカの処理が良くなか
ったため、その肉はほとんど食べられなかったのではないかと
いう結論に達している。
アラスカの地元民は栗栖の行動を「無謀」と手厳しい。
クラカワーはクリスが足に負傷を負った結果、遠方まで移動して
の狩猟に耐えられなくなったため、自生するアメリカホドイモの
一種のサヤ部分を食べたことによるアルカロイド中毒により体力
を消耗、衰弱の結果の餓死と結論付けている。
アメリカホドイモの根茎部分はインディアンも食用するが、サヤ
部分に毒性があることはクリス死後の学術調査により明らかに
なった。

【疑問】
取材のためクリスの最期の地を訪ねたクラカワーは、さほど遠くな
い場所に大学の観測小屋があり備蓄食料があったこと、同じく河の
増水時の移動手段として河の両岸にワイヤーが張ってあった事を指
摘し、サバイバル技術を習得していたクリスがなぜ詳細な地図を持
っていなかったのだろうかという疑問につきあたる。
クラカワーは「この世界に既に完全なる荒野は存在しないと知った
クリスは敢えて詳細地図を捨てることで『荒野』を創り出したので
はないか。」と推察している。

【私が理解できる点】
冬山に登ると、ふと「この山には自分の力で登ったのか」と疑問
に思う。
「装備の力に頼ったのではないか」と。
体温にあわせて蓄温、放熱調整し汗を吸ってもすぐ蒸発する快適
な生地。軽く強風に強いテント、保温性に優れたシュラフ。
これではまるで宇宙旅行ではないかと。
いや携帯食をかじっていると本当にそんな風に思えてくる。
「俺はわざわざ時間と労力を費やして山の中に来て文明のありが
たさを感じに来たんだろうか?」と。
荒野にいるにもかかわらず、荒野を拒絶し荒野からも拒絶されて
いるかのような孤独感。
クリスは少年時代の登山経験で知っていたのではないか?。
適切な情報に基づいた装備を使いこなせさえすれば生きて帰るこ
と自体は決して難しいことではないとを。
彼が死のうとして荒野へ入ったとは思えない。
かといって「生きて帰ること」は大きな目標だったとも思わない。
死の淵に立たねば自然の(クリス流に言えば「神の」)恵みを強烈
に実感することは出来ない、故に軽装で荒野へ発ったのではない
かと私には思えるのだ。

【「無謀」を「無謀」の一言で片付けてしまう事】
クリスは自論を積極的に世に問うことを嫌った。
はからずも自らの死後、彼の行動、価値観が議論を呼んでしまっ
た。
アラスカの地元民を含め多くの者が「愚か者」と言い、その一方
でクリスに共感する者も多く、映画化により議論が再燃した。
彼の死因やら思想は問題ではなく、議論されていること自体が重
要だと思う。

日本では香田君が無謀にもイラクへ入り、彼が殺害されてしまっ
た後、「無謀だった」で済まされ議論にのぼることはなくなって
しまった。
彼自身、または彼のご親族が議論されることを望んでいるとは思
えないが、極端に無視されすぎている。
無謀な人が無謀な行動に走った深層をもう少し丁寧に考えないと
いけない。

【異見を容れる文明は長続きする】
旧約聖書にはアブラハムが旅人をもてなし、その旅人が結局天使
だったという故事が綴られており、このことは新約聖書の時代ま
で形を変えて繰り返し綴られている。
(ローマの信徒への手紙12:13、へブル人への手紙第13:2など)
クリスチャンのサイトを覗いてみたら、旅人を浮浪者と決め付け
「浮浪者には食べ物はあげても金はやらん」などと全く方向違い
な事を真剣に語っているのに興ざめ。
もちろん旧約時代の旅人も、部族集団の中で寄る辺を失い放浪に
出た者が多いと思うが、なかには「異見を持つ者」があり、これ
が初期のユダヤ民族発展に寄与したと私は考えたい。
古代ローマの創世神話には、こんな言い伝えがある。
そもそも古代ローマの素は数百名の「やもめ」の羊飼い集団だっ
た。
ある村に、うら若い娘が多くいることを知った「やもめ集団」た
ちは、その村を襲って娘たちを妻にする。そしてその村人たちを
自分たちと同等の市民とした(そりゃそうだ、自分の娘、姉妹を
取られた上に奴隷扱いでは踏んだり蹴ったりだ)。
これが古代ローマの発祥である、と。
初期のローマは屈服させた都市国家に「ローマ式」を強要せず早
々に市民権を与え権利と義務(戦争時には最前線で戦うこと)を課
した。屈服した側が義務を負えないと判断すれば植民地のままと
して納税義務を負ったが義務は軽減された(戦争時は後方支援任
務)。
屈服する側にも不利益がないため強硬な抵抗が少なかったという。
異質なものを強制的には同化しなかったことが初期ローマが急速
に発展した理由である。

長く繁栄した文明には異質なものを受け入れる柔軟性があり、柔
軟性が失われた瞬間、衰亡の危機が訪れた。

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<トラックバック>
すばらしい記事がありましたのでトラックバックさせていただきます。
イントゥ・ザ・ワイルド
  映画の内容についての美しい記事。関連書籍の紹介も。
  日本上映、もう始まっているんですね。
  ネタばれが嫌な方は映画を見た後読んでみてください。
「荒野へ」 ジョン・クラカワー
  「荒野へ」の解説、「森の生活」の抜粋が紹介されています。
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<動画>
 Youtubeで
  ・INTO THE WILD
  ・Christopher・J・McCandless
  ・Jon Krakauer
  で検索してみてください。大量の動画があります。
Into The Wild O.S.T - Eddie Vedder - Hard Sun - Music Video
  日本での放映が待たれます。
Into The Wild THE REAL Chris Mccandless christopher
  クラカワーの肉声を初めて聞きました。
Chris McCandless Tribute
  クリス・マッカンドレスの写真のスライド
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<リンク>
映画「イントゥ・ザ・ワイルド」公式サイト
Christopher J. McCandless
Chrisの遺体が発見された廃バスのスライド
  元は狩猟用のシェルター。
  現在は修理保全されている。
  自らの魂の実在を確かめるために選んだ行動に
  日本人は冷淡を越えて虐待的ですらあります。
  自らの死後、日記や足跡、発言があれこれ分析に掛けられ
  ますが、結局「人生は素晴らしかった」これに勝る言葉は
  分析からは得られなかったわけで・・・。
Stampede Trail
  今やマッカンドレス最期の足跡は一種の聖地です。
ショーン・ペン、小説「荒野へ」を映画化、自分探しに旅に出た青年を描く


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Follow Chris McCandless

ショーン・ペン、小説「荒野へ」を映画化、自分探しに旅に出た青年を描く AFPBB News
http://www.afpbb.com/article/entertainment/movie/2302705/2280262
by Follow Chris McCandless (2007-10-25 22:52) 

binten

Follow Chris McCandlessさん

情報ありがとうございます。
映画、ショーン・ペンが監督なんですね。
なんだか期待できそうですね。
日本上映を楽しみにしています。
by binten (2007-11-10 22:38) 

naonao

私のブログにご訪問ありがとうございました。
この本読まれたのですね。
たくさん分析されてて素晴らしいです。
映画と違いやはり情報が密ですし、私もこの本を読みたいと思いました。
私のブログ記事へのTBは、ご自身のブログ内に作ってハイパーリンクにしてるのですね。了解です。ありがとうございました。
by naonao (2008-08-11 20:34) 

binten

コメントありがとうございます。
クラカワーの本のうち「空へ」と、この「荒野へ」が人気の高い本で、いずれも名作だと思います。
人生には冒険に出る時があってもいいじゃないか。
私にはクリスの人生がとても羨ましく思えました。

T/B許可、ありがとうございます。
by binten (2008-08-13 11:46) 

KAY.T

映画をまだ観ていませんが、記事を読ませていただいて、原作を買って映画も見に行こうと思います。

自分自身がアラスカ北極圏を自転車で走った1994年、その2年前にクリスが旅していたとは…何か運命的なものを感じました。

トラックバックさせていただきます。
by KAY.T (2008-09-21 17:17) 

Wild Chiken

はじめまして。
映画を見て主人公の求道者的な生き方に心を動かされました。

>自らの魂の実在を確かめるために選んだ行動に日本人は冷淡を越えて虐待的ですらあります

Bintenさんの仰るとおり、この映画を見て大所高所?から教師か警官の様な冷ややかな意見をムキになって言う人もいます。
可笑しいのは、こういう人たちは自分たちの価値観(社会)が絶対的に優れていて、クリスのとった行動(あるいは突発的に紛争地域へ出て行ってしまった日本の若者)は”愚行”の一言で済ましていることです。

私はアラスカで亡くなった故・植村直己さんが好きですが、損得ばかりが重んじられ、評論家の多い?現在の日本では彼は単なる「奇人」呼ばわりされていたかもしれません。

満員電車に揉みくちゃにされ30年間勤めた会社から最期はお荷物扱いされ、家族の信頼も無くした男たちも周囲には少なくありません。

あげく年間3万人以上も自死する人が後を絶たない日本て、本当に幸福な人間が暮らす国なんだろうか?

本人の意思とは無関係に、まるでオリンピック競技の様に1分1秒でも長く生きさせてくれる日本の社会の老人は寿命の短い辺境の種族なんかより何倍も幸せなんでしょうか?

モノとお金に囲まれて、ただ長生きすりゃいいってもんじゃない。

日本は安全で快適で生きるのが楽、だから逆に生きる事の奇跡や喜びが実感しにくい。

クリスの行動は悲劇に終わりましたが、彼は後悔はしてないんじゃないでしょうか。
たとえ短い人生でも、太く、濃い23年間だったのだから。

様々なことをこの映画は思い起こさせてくれます。


by Wild Chiken (2008-09-26 22:32) 

binten

Wild Chikenさま

コメントありがとうございます。

敷かれたレールに乗っかって走るのは私には耐えられない事です。
その敷かれたレールがどっちの方角に向いているのかも分からない、結局レールに乗るか自分で道を切り開いていくのかどっちが良い悪いかは誰にも分かりません。

自分が今立っている位置がベストポジションだと思いたい、一生懸命道を切り開いてきた人ほどその自負はあると思います。
自分の選択に自負があるなら他人も同様である事は自ずから分かるものかと。
大所高所に立てる人はそれだけ自他の自覚がない人、苦しんだ経験がない人かもしれません。
人と人の間には深い深い溝がある自覚の有無なのかも。
あくまで私の推測です。

自分と同じ価値観を当然他人も持っている
それとも
人間は各々深い深い谷で隔てられている。
私は後者の考え方のほうが好きです。

他人さまが私に対してどう思うか、どう接するかよりも私自身が他人さまに対して大所高所してないか、一生懸命である事ができるか、謙虚であっても卑屈にはなりたくない、自負はあっても見下したくはない

そんなことを感じるこの頃です。

ありがとうございました。
by binten (2009-06-25 03:31) 

binten

KAY.T さま

コメントありがとうございます。
KAY.T さまのブログを少し拝読し
(明日も仕事なのに・・・あぁ。。。。改めてはいどくさせていただきます。)
胸に沸々とたぎるものがありました。

アラスカを自転車旅行されたとは・・・
本当にうらやましい。

学生時代、私も自転車が好きで好きで乗り回していました。
それを見て面白がった知人と中国沿岸を南北横断しないかともちかけられたのですが・・・・。
結局計画倒れでした。
今も後悔しています。

ありがとうございました。
by binten (2009-06-25 03:42) 

akya

「荒野へ」は読売新聞夕刊書評欄に載ったので読みました。読み終えて思ったことは、アメリカ人の少なからずの人が、軽装備でアラスカへ向かうという気持ちがわからないということです。文明や人生を忘れさせる広大な土地を持たないきわめて日本人的な意見でしょうか?それとも私が年老いて冒険心や夢をなくしてしまっているせいでしょうか?植村直巳さんもアラスカで亡くなりました。大学生のとき彼の講演を聞いたことがあります。きわめて愉快な人でした。彼がどんな気持ちでアラスカへ向かったのかわかりませんが、少なくとも、かの地を目指すアメリカ人より植村直巳の志を信じたいと思います。

by akya (2015-11-25 22:18) 

binten

ブログ管理人です。
コメントありがとうございます。

>軽装備でアラスカへ向かうという気持ちがわからないということです。

「生還する」を目的とはしていなかっただけの事かと思います。
更に言えばクリスにとって「生還って何?」だったような気もします。
棄てた社会に「生還」もないだろ、だったかもしれませんし。
アウトドアは別に宗教では無いのですから百人百様で善い、というか他人は口を挿む余地のない世界です。
by binten (2016-10-07 10:56) 

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